珈琲を淹れていく

競技会が終わるといつも、ぽっかりと穴があいたような気持ちになります。

「もういいかなぁ」とも思うのですが、「また1年後かぁ」とも思います。

珈琲は毎日のように淹れていきます。それでも「じぶんのために淹れる」のと「お客様のために淹れる」のと「競技のために淹れる」ことは、じぶんのなかでは同じではないような気がしています。

同じ珈琲でも、そこには気持ちや想いが込められていて、それもあじわいの大きな要素のひとつと思っています。

3年くらい前には、「じぶんらしい珈琲とは?」ということをよく考えていました。
2年くらい前には、「何を淹れてもじぶんのあじわいになってしまう」と悩みました。
1年くらい前には、「どんな珈琲でも、どんな器具でも淹れられるようになる」ことを目指しました。

振り返ってみると、じぶんの珈琲に対する想いも変わってきています。そして、これからも変わっていくと思います。

変わることを恐れずにいることが、成長につながり、新たなつながりや物語を生み出していくと思います。

これからの物語も楽しみです(^^)/■

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